大判例

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京都地方裁判所 平成6年(ワ)1705号 判決

京都市山科区西野離宮町二九番地

原告

株式会社松井色素化学工業所

右代表者代表取締役

松井幹雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

岩坪哲

田辺保雄

福井県丹生郡清水町杉谷四五号三〇〇番地

被告

ジャパン・ポリマーク株式会社

右代表者代表取締役

牧三郎

福井市運動公園一丁目一〇一番地

被告

牧三郎

大阪府吹田市春日四丁目二番一-一二二号

被告

池田次郎

福井市花堂中二丁目二九番五号

被告

株式会社丸仁

右代表者代表取締役

雨森一幸

福井市本堂町第八八号四番地の三三

被告

雨森一幸

金沢市矢木一の四七

被告

西山正次

右六名訴訟代理人弁護士

野間督司

近藤正昭

林一弘

長谷川敬一

松本裕美

同補佐人弁理士

神崎彰夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告ジャパン・ポリマーク株式会社は、別紙一ないし三記載の昇華対策ペーパーを製造し、販売し、販売のために展示してはならない。

2  被告株式会社丸仁は、前項の製品を販売し、販売のために展示してはならない。

3  被告ジャパン・ポリマーク株式会社及び被告株式会社丸仁は、前二項の物件を廃棄せよ。

4  被告らは、原告に対して、各自金一億円及びこれに対する被告ジャパン・ポリマーク株式会社、被告牧三郎及び被告株式会社丸仁は平成六年六月三〇日から、被告雨森一幸及び被告西山正次は同年七月一日から、被告池田次郎は同月二日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  請求原因

一  原告は、次の特許権(以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という)の特許権者である。

1  出願年月日 昭和五二年七月二日

2  出願番号 昭和五二年第七九二七五号

3  出願公告年月日 昭和六〇年六月一九日

4  出願公告番号 昭和六〇年第二五五五六号

5  登録年月日 昭和六一年三月二六日

6  登録番号 第一三一〇二六〇号

7  発明の名称 転写捺染シート

8  特許請求の範囲 ベースシート1、該ベースシート1上に被覆されたところの剥離性樹脂層2、該剥離性樹脂層2上に所望の形状で模様印刷されたところの、顔料及び高分子弾性樹脂の混合物を含有して成る図柄模様層3、並びに該図柄模様層3上の全面に被覆されたところの、多孔性物質を含有して成る吸着層4を設けて、加圧・加熱により色染布5に転写可能なる如くした、転写捺染シート

二  本件発明の構成要件は次のとおりである。

1  ベースシート1

2  該ベースシート1上に被覆されたところの剥離性樹脂層2

3  該剥離性樹脂層2上に所望の形状で模様印刷されたところの、顔料及び高分子弾性樹脂の混合物を含有して成る図柄模様層3

4  並びに該図柄模様層3上の全面に被覆されたところの、多孔性物質を含有して成る吸着層4を設けて

5  加圧、加熱により色染布5に転写可能なる如くした6 転写捺染シート

三  本件発明の作用効果は、次のとおりである。

前項4の吸着層4が、転写中ないし転写後において、色染布5と図柄模様層3との間に介在することにより、色染布5を着色せる色素が滲出しても、図柄模様層3を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、もって図柄模様層3の鮮明度を常時確実に保持するため、

1  あらゆる色染布の風合を損なうことなく、隠蔽力大できわめて鮮明、しかも耐摩擦性、耐洗濯性、耐熱性、耐光性などの堅牢度がすぐれた捺染布を得ることができる。

2  予め易抜性の色素で布を地染めしたり、転写捺染シートに不安定な抜染剤を用いたりする煩わしさがなく、しかも顔料及び樹脂が布の表面に固着するので、捺染布への着色が効率よく行われ、その堅牢度も比較的少量の樹脂で確保でき、したがって、その風合が柔軟であり、単に色染した布上に転写するだけで鮮明な図柄模様が形成され、捺染布が経日的に変化することがない。

3  捺染物は水洗、洗濯後のアイロン掛け時に該図柄模様が汚染されず、常に鮮明である。

4  反物、裁断物、縫製物などいずれの形状のものでも比較的簡単に捺染できる。

四1  被告ジャパン・ポリマーク株式会社は、別紙一ないし三記載の製品(以下「被告ら製品」という)を製造し、販売し、販売のために展示している。

2  被告株式会社丸仁は、同製品を販売し、販売のために展示している。

五  被告ジャパン・ポリマーク株式会社及び被告株式会社丸仁(以下「被告両会社」という)の別紙一ないし三記載の製品(以下、それぞれ「イ号」、「ロ号」、「ハ号」という)の構成は、次のとおりである。

1  イ号(別紙一)の構成

(一) ポリエステル製のベースシート11

(二) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(三) 該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された所定の顔料及び樹脂ベースを含有する当該着色顔料層13A、並びに該着色顔料層13A上に全面印刷された白色バックアップ層13B、

(四) 該白色バックアップ層13B上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14Cの上の全面被覆された接着層14Dを設けて、

(五) 加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした、

(六) 熱転写シート

2  ロ号(別紙二)の構成

(一) ポリエステル製のベースシート11

(二) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(三) 該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された顔料及び樹脂ベースを含有する白色顔料層13、

(四) 並びに該白色顔料層13上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14Cの上の全面被覆された接着層14Dを設けて、

(五) 加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした、

(六) 熱転写シート

3  ハ号(別紙三)の構成

(一) ポリエステル製のベースシート11

(二) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(三) 該剥離性の樹脂層12上に所望の形状で模様印刷されたところの顔料及び樹脂ベースを含有してなる図柄模様層13Z(その構成は図柄部分に使用される色によりイ号(13A、13B)、ロ号(13のみ)のとおり組合わされる)、

(四) 該図柄模様層13Z上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14Cの上の全面に被覆された接着層14Dを設けて、

(五) 加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした、

(六) 熱転写シート

六  イ号ないしハ号の効果は、本件発明と同じである。

七  イ号ないしハ号は、次のとおり、本件発明の技術的範囲に属する。

1  五の1、2、3の各(一)は、二の1と同じである。

2  五の1、2、3の各(二)は、二の2と同じである。

3  五の1、2、3の各(三)は、二の3と同じである。

本件発明における図柄模様層3とは、ベースシートに着色または白色顔料層が設けられていればよいのであり、ベースシートの全面にスクリーン印刷しても、特定の図柄に印刷してもよい。

仮に特定の図柄印刷でなければならないとしても、それはベースシート上の一部(図柄部分)に印刷するのであるから、全部印刷は一部印刷の上に残部の印刷を付加したものであり、一部印刷(図柄印刷)の要件を充足するものである。

4  五の1、2、3の各(四)は、二の4と同じである。

イないしハ号は、黒色バックアップ層としてカーボンブラックを使用しているところ、カーボンブラックは、比表面積が大であって多孔性物質に該当する。そして、多孔性物質であるカーボンブラックを含有する黒色バックアップ層は吸着機能を有するから、本件発明における構成要件4の「多孔性物質を含有して成る吸着層」である。

5  五の1、2、3の各(五)は、二の5と同じである。

本件発明の構成要件5は、色染布に転写可能であることを要件としているが、色染布に転写することは要件としていない。したがって、その対象物である布が白色布であっても、構成要件5を充足する。

6  五の1、2、3の各(六)は、二の6と同じである。

八  したがってイないしハ号の効果も本件発明と同じである。

九  原告の損害等

1  被告両会社は、平成五年四月一日から平成六年三月三一日までイないしハ号を製造、販売し、少なくとも一億円の利益を得た。

2  右の利益は原告の利益と推定される。

3  被告牧三郎、同池田次郎は、被告ジャパン・ポリマーク株式会社の代表取締役であり、右被告会社がイないしハ号を製造し、販売し、販売のために展示したのは、被告牧三郎、同池田次郎の企画、決定に基づくものであり、したがって右被告両名は、故意または過失により原告の本件特許を侵害したから、民法七〇九条の不法行為をなしたものである。右被告会社は、右被告両名の行為について、商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条一項に基づく損害賠償責任がある。

被告雨森一幸、同西山正次は、被告株式会社丸仁の代表取締役であり、右被告会社がイないしハ号を販売し、販売のために展示したのは、被告雨森一幸、同西山正次の企画、決定に基づくものであり、したがって右被告両名は、故意または過失により原告の本件特許を侵害したから、民法七〇九条の不法行為をなしたものである。右被告会社は、右被告両名の行為について、同じく損害賠償責任がある。

一〇  よって、原告は、被告ジャパン・ポリマーク株式会社に対し、別紙一ないし三記載の製品の製造、販売、販売のための展示の差止、被告株式会社丸仁に対し、同製品の販売、販売のための展示の差止、被告両会社に対し、同製品の廃棄、被告らに対して各自金一億円(不真正連帯債務)及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告ジャパン・ポリマーク株式会社、同牧三郎及び同株式会社丸仁については平成六年六月三〇日、被告雨森一幸及び同西山正次については同年七月一日、被告池田次郎については同月二日)から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第二  請求原因に対する認否

一  請求原因一及び二の事実は認める。

二  同三は知らない。

三  同四については、被告ジャパン・ポリマーク株式会社が被告ら製品(但し、その製品の構成は別紙四のとおりである)を製造、販売し、販売のために展示していること、被告株式会社丸仁が同製品を販売し、販売のために展示していることは認める。

四  同五のイないしハ号に対応する被告ら製品の構成は、別紙四記載のとおりである。

五  同六及び八は争う。

六  同七のうち、1、2、及び4のうちイないしハ号が、黒色バックアップ層としてカーボンブラックを使用していることは認め、その余は否認ないし争う。

後記のとおり、イないしハ号は、本件発明の技術的範囲に属さない。

七  同九のうち、被告牧三郎、同池田次郎が、被告ジャパン・ポリマーク株式会社の代表取締役であること、被告雨森一幸、同西山正次が、被告株式会社丸仁の代表取締役であることは認めるが、その余は否認ないし争う。

第三  被告の主張

一  イないしハ号の構成は、別紙四記載のとおりであり、これを本件発明の構成と比較すれば、次のとおりであって全体として明らかに異なっている。

〔本件特許〕 〔イないしハ号〕

ベースシート 1 ベースシート 11 (共通)

剥離性樹脂層 2 剥離性樹脂層 12 (共通)

図柄模様層 3 着色顔料層 13 (イ号)

白色顔料層 13 (ロ号)

図柄模様層 13 (ハ号)

吸着層 4 白色バックアップ層 14A(イ・ハ号)

黒色バックアップ層 14B(共通)

灰色バックアップ層 14C(共通)

中間接着層 15 (共通)

接着層 16 (共通)

本件発明の構成とイ・ロ号の構成とでは、ベースシート・剥離性樹脂層と最初の二つだけ、本件発明とハ号の構成とでは、ベースシート・剥離性樹脂層・図柄模様層と最初の三つだけしか一致しておらず、その構成は異なる。これは、本件発明の技術思想が、図柄模様層の下に吸着層を形成することにより、加熱転写時に昇華する染料を吸着し、昇華染料による図柄模様層の汚染を防止しようとするところにあるのに対し、被告ら製品の技術思想は、各バックアップ層の存在及び各層の多重構造その他により、「遮蔽機能」を高め、布地の染料によるシートの表面の汚染を防止しようとするところにあるという相違による。被告ら製品は、本件発明の構成要件に対して単に他の要件を付加したものではなく、技術思想そのものが異なることにより、本件発明の技術的範囲を逸脱するものである。

二  本件発明の構成要件3の「図柄模様層」について

イ及びロ号は、ベースシートの全面に複数の顔料層をスクリーン印刷し、複数の顔料層はすべて等しい大きさであって、特定の図柄を構成していないことから、模様印刷された図柄模様層を有するという本件発明の構成要件3を欠き、本件発明の技術的範囲に属さない。

三  本件発明の構成要件4の「多孔性物質を含有して成る吸着層」について

1  イないしハ号の黒色バックアップ層に使用しているカーボンブラックは、ドイツのデグッサ(Degussa)社の商品「プリンテックス55」(平成二年まではアメリカのコロンビアケミカル社(Columbian Chemical Company)の商品「ラベン1035」を使用していたが、平成三年からプリンテックス55を使用している)であるが、カーボンブラックあるいはプリンテックス55は、次の理由から本件発明の構成要件4の多孔性物質ではない。

(一) 多孔性物質とは、本件特許明細書によれば、「活性炭等の如き微細孔を有する極めて表面積の大なる個体粉末からなる」ものであることを要する。しかし、右に例示されている活性炭の比表面積が一五〇〇~一八〇〇m2/g程度であるのに、プリンテックス55自体の比表面積は一〇〇m2/g程度にすぎず、僅か一五分の一にすぎない。しかも、右比表面積も理想的な実験環境で得られたものであり、実際の過酷な使用状況では値が激減する。

よってプリンテックス55は、多孔性物質に該当しない。

(二) カーボンブラックを転写シートの着色顔料層バックアップ層に含有する構成は、既に次の各特許公報により本件特許出願前に公知であるから、本件発明の構成要件4の「多孔性物質」からはカーボンブラックを除外するべきである。

〈1〉 米国特許三三五九一二七号公報(乙一四)

名称「洗濯可能な織物地のポリアミド熱転写体」

特許日 一九六七(昭和四二)年一二月一九日

(昭和四三年三月一日特許資料館受入れ)

〈2〉 英国特許一二〇一七一三号公報(乙一三)

名称「熱圧着可能な模様図形・素材と、織物または類似の材料からなる物品にラベリングする方法」

完全明細書発行日 一九七〇(昭和四五)年八月一二日

(昭和四五年一〇月二八日特許資料館受入れ)

〈3〉 英国特許一二八七四五二号公報(乙二)

完全明細書発行日 一九七二(昭和四七)年八月三一日

(昭和四七年一〇月二六日特許資料館受入れ)

〈1〉及び〈2〉の公報では、いずれもバックグラウンド層にカーボンブラック顔料を含有し(乙一四の実施例1、4、5、乙一三の実施例5)、〈3〉の公報では、図柄層下側の透明ラッカー層に顔料が添加される場合のあることを示唆している。仮に、カーボンブラックが本件発明の構成要件4の「多孔性物質」であるならば、右各公報によりベースシート・剥離性樹脂層・図柄模様層が存し、かつ、多孔性物質含有層が図柄模様層と被転写布との間に介在する構成が公知のものとなり、本件発明の構成が全部公知ということになる。したがって、「本件特許は一応有効」という前提で判断する限り、本件発明の吸着層に含有される多孔性物質の概念にはそもそもカーボンブラックは含まれないと解釈するしかない。

右各特許公報は、いずれも英国ポリマーク社(Polymark Uk Limited)(被告ジャパン・ポリマーク株式会社の関連会社)が出願した米国または英国特許の公報であり、開示されている各転写シートは英国ポリマーク社が米国または英国で特許権を取得した技術である。また、イないしハ号は、英国ポリマーク社の技術指導に基づき、これらの公報で開示された転写シートと基本的に同一の機能と構成をもって製造された改良品である。したがって、右各特許公報は、英国ポリマーク社及びこれから技術を引き継いでいる被告らが不利益を被らないように公平の原則に基づいて解釈するべきである。

(三) 本件特許明細書では、カーボンブラック(カーボン黒)を図柄模様層に使用する単なる顔料として例示する一方、吸着層に使用する多孔性物質としては一切例示せず、明らかに多孔性物質とカーボンブラックとを区別して記載している。

2  仮に、プリンテックス55が多孔性物質であるとしても、被告ら製品の黒色バックアップ層自体に吸着機能が存在しないから、「吸着層」には該当せず、構成要件4を充足しない。

本件発明の構成要件4の「吸着層」の意義は、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載のみでは一義的に明らかではないから、明細書の「発明の詳細な説明」、出願時の技術水準あるいは出願過程を参酌しなければならず、これらから、「吸着層」とは、「色染布を着色せる色素が滲出しても、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、以て該図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する」程度の吸着機能を持つ層、と定義される。したがって、仮に幾許かの吸着機能を有している層であっても、その層自身において右の程度の吸着機能に足りない場合には、それは吸着層には該当しない。

(一) 混練による吸着機能喪失について

被告ら製品の黒色バックアップ層では、プリンテックス55が、多量の樹脂と混練され、そのほぼ全体が樹脂の中に埋没してしまっている。このような場合には、例え多孔性物質であってもその表面が樹脂に覆われて塞がれ、細孔の中に樹脂が入り込んでいるから、染料が昇華してもプリンテックス55と接触することができず、多孔性物質の特性である吸着機能は阻害されている。よって、万一プリンテックス55自体に吸着機能があるとしても、被告ら製品においてはその吸着機能を喪失している。

このことは、プリンテックス55自体の比表面積が元来は一〇〇m2/gであるが、これを樹脂と混練させれば一気に比表面積が低下し、〇・一m2/g以下にまで至ること、原告提出の証拠(甲四三)によっても樹脂混練プリンテックス55の比表面積は、〇・八m2/gであり、この数値は、典型的な非多孔性物質である酸化チタンの比表面積六~四〇m2/gを下回っていることにより明らかである。

(二) 吸着層の厚み等について

本件発明においては、その構成の当然の前提として、「吸着層」が相当の厚みを有することを要する。すなわち、本件発明実施例で多用されており多孔性物質の典型例である活性炭といえども、無限の吸着力を有するわけではなく、ある程度の量の吸着を果たせば再生処理をしない限り飽和して吸着力を失ってしまう。しかも、吸着は温度が高くなればなるほど困難になり、シートの転写時である加熱、加圧の際には、新たな吸着よりも一旦吸着した物質の離脱作用の方が活発化する可能性が高い。このように、シート転写の際には、物質吸着の条件は極めて悪いところ、それにもかかわらず、大量に昇華する染料ガスを吸着して、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、もって該図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する程度の吸着機能を有するためには、その吸着層は相当に分厚く、大量の多孔性物質を含有する必要がある。

しかるに、被告ら製品の黒色バックアップ層の厚みはわずか四ないし八μmであり、その厚みが極めて薄いため、当然そこに含まれるプリンテックス55の量はわずかである。よって、仮にプリンテックス55に若干の吸着機能があるとしても、本件特許の作用効果を発揮するために要請される程度の吸着機能には到底足りない。

(三) 各実験結果(乙一五、一六、一七)によれば、被告ら製品の黒色バックアップ層には、被告ら製品の明らかに吸着機能のない他の層あるいはカーボンブラックを使用しない黒色顔料層(ホタロシアニン系青色顔料・ジアリライド系黄色顔料・ジアゾ系赤色顔料を調合したもの)と同程度の昇華染料透過防止効果しかないことが示されており、被告ら製品の黒色バックアップ層に吸着機能がないことは明らかである。

また、プリンテックス55含有層が、明らかに吸着機能を有しない酸化鉄含有層と同程度の昇華染料透過防止機能しか有しないこと(乙一九、二〇、二八、二九)も明らかである。

3  被告ら製品の黒色バックアップ層は、その性質上、吸着層ではあり得ない。

本件発明は、ベースシート1上に印刷した図柄模様層3の上に吸着層4を設け、これを色染布5の上に転写するだけであって、吸着層とは別個に接着層を形成するような構成は示されていない。一方、本件発明が転写シートである以上、布地に接着できない転写シートは存在し得ないため、本件発明の構成も、布地に接する層である吸着層が接着能力を有することを当然の前提としていることは明らかである。

したがって、吸着層は、加熱、加圧時に溶融して布地に入り込み、布地と接着するいわゆる熱溶融性でなくてはならない。しかし、被告ら製品の黒色バックアップ層は、シート製造後、四八時間で完全に硬化し、加熱転写時に再溶融しないから、全く接着機能を有しない。また、被告ら製品では黒色バックアップ層のさらに布地側に灰色バックアップ層・中間接着層・接着層を各構成しており、転写時の加熱・加圧時にも単に最外層の接着層が溶融して布地に入り込むにすぎない。よって、被告ら製品の黒色バックアップ層は、その性質上、本件発明の吸着層ではあり得ない。

4  被告ら製品に吸着層が存在しないにもかかわらず、熱転写時の昇華染料によるシート表面の汚染を招かないのは、被告ら製品の「遮蔽機能」と「低温度・短時間転写」による。

(一) 遮蔽機能

被告ら製品の白色バックアップ層14A(ロ号を除く)、黒色バックアップ層14B、灰色バックアップ層14Cは、主に転写時及び転写後において、布地の染料によるシート表面の汚染を防ぐ遮蔽機能を有する。この遮蔽機能には光学的遮蔽と物理的遮蔽が存し、光学的遮蔽とは、可視光線の反射による実際に目で見た感じ、すなわち、下の色が透けて見えることを防止することを意味し、物理的遮蔽とは、層自体が障壁となって昇華染料の透過を防止することを意味する。

さらに、中間接着層においても、その副次的作用として、転写時における昇華作用が阻止されるので、被告ら製品にはそもそも吸着層を設ける必要性がない。

以上のとおり、被告ら製品の黒色バックアップ層、その他の顔料層及び中間層に遮蔽機能があることは前記の実験結果(乙一五)によって明らかである。

(二) 低温度・短時間転写

染料の昇華は、温度が高く転写時間が長いほど増加するが、一方、転写時の温度を低く、転写時間を短くすると、シート自体の接着が十分でなくなる。本件特許の実施例とされている転写温度がいずれも一九〇℃ないし二〇〇℃程度とされているのはこのためである。これに対し、被告ジャパン・ポリマーク株式会社は、極めて強い接着力を有する接着層を開発し、一六〇℃・一〇秒間という低温度・短時間転写を可能にした。

被告ら製品にあっては、この低温度・短時間転写と層構造による遮蔽効果があいまって、優れたシート表面鮮明度を達成しているのである。

四  本件発明の構成要件5について

本件発明は、色染布上への転写をなす場合に初めて発明としての意味を持ちうるのであり、加熱転写時に昇華する染料で染着された色染布上への転写のみを対象とする。

しかしイないしハ号は、白色布に転写する場合もあるから、その場合、本件発明の構成要件のうち、「色染布に転写可能なる如くした」との構成要件5を欠き、本件発明の技術的範囲に属さない。

第四  原告の反論

一  イないしハ号は、本件発明の構成要件4の「多孔性物質を含有して成る吸着層」の要件を充足する。

1  カーボンブラックは多孔性物質である。

(一) 比表面積について

被告らは、単に活性炭の比表面積と比較して、プリンテックス55の比表面積は小さく、多孔性物質に該当しないとするが、本件発明において例示しているのは活性炭のみではない。本件発明において多孔性物質の一つとして例示している活性アルミナの比表面積は、一一〇~一五〇m2/gであって、プリンテックス55の比表面積一一〇m2/gとほぼ同一である。したがって、プリンテックス55も、本件発明の多孔性物質に該当する。

(二) 多孔性物質からカーボンブラックは除外すべきとの主張に対して

(1) 原告主張の米国及び英国各特許は、いずれも、昇華性を有する着色剤で着色された繊維製品に対して図柄模様を転写形成する際に生じる当該着色剤の昇華の問題については、全く認識がない。また、この問題を解決するために多孔性物質からなる吸着層を設けるという技術思想についても全く開示がなく、その示唆すらない。

したがって、原告主張の米国及び英国各特許は、本件発明とは目的並びに構成を異にする全く別異の発明である。

(2) 多孔性物質として活性炭等を挙げているのは単なる例示であって、一方、顔料としてカーボンブラックが例示されているからといって、多孔性物質からカーボンブラックを除外する理由にはならない。

2  イないしハ号の黒色バックアップ層が吸着機能を有すること、及び被告ら主張の遮蔽機能が存在しないことは、原告提出の各実験結果等により明らかである。

(一) すなわち、カーボンブラックは、本件発明において多孔性物質として例示されている活性炭素、活性白土、珪藻土、活性アルミナ等と同じく昇華防止性を有し(甲五)、また、イないしハ号は、中間に黒色層を使用していない被告らの製品との比較において、昇華防止性があること(甲一二)が示されているところ、昇華防止性は、使用物質の粒子径やその層の厚さには関係がなく、使用物質の比表面積に依存しており(甲二八)、この事実は、昇華染料の移行が多孔性物質の吸着作用、すなわち、カーボンブラックの吸着作用により防止されていることを裏付けるものである。

(二) また、カーボンブラックの黒色層、酸化鉄の黒色層をそれぞれ使用したシートと、黒色層を使用しないシートを昇華性を有さない顔料捺染布に転写して比較しても、それらの転写捺染シートによる下地の光学的遮蔽の効果において全く差がないことが明らかにされている(甲二六)。

(三) 被告らは、中間接着層も、昇華性染料の移行を物理的に遮蔽すると主張するが、その層を分厚く設けたとしてもその効果はカーボンブラック層には及ぼない結果となっている(甲三一)。

(四) 被告らは、プリンテックス55が、樹脂の中に混練されており、吸着機能を喪失している旨主張し、BET法による比表面積の測定数値をその根拠とするが、BET法による測定は、吸着ガスとして窒素が用いられ、かつ測定温度もマイナス一九六℃と極めて低い温度で行われるところ、本件で問題とされる現象は、染料ガスについての一六〇℃~二〇〇℃という極めて高い温度での吸着現象であって、その前提となる諸条件がBET法の条件とは異なる。また、前記各実験結果等(甲五、一二、二六、三一)により、混練されたからといって吸着機能を喪失するものではないことは明白である。

3  吸着層の厚み等について

被告らは、吸着層は相当に分厚く、大量の多孔性物質を含有する必要があると主張するが、本件特許請求の範囲には「多孔性物質を含有して成る吸着層」と記載されているにすぎず、添加物の量とか、厚みは当業者が自由に選択できる手段にすぎないのであって、本件発明の技術的範囲を制限する理由にはならない。

4  低温度・短時間転写について

本件発明には、転写温度を限定する旨の記載はなく、仮に被告ら製品が、一六〇℃、一〇秒間で転写されるものであっても、何ら本件特許を侵害しない理由にはならない。

5  黒色バックアップ層が吸着層ではあり得ないとの主張について

本件発明においては、吸着層が、接着層を兼ねることや、熱融解性のものであることについては全く開示されていない。「加圧・加熱により色染布5に転写可能なる如くした」ものであればよいのである。

また、本件発明において、吸着層と別個に接着層を設けることは、本件特許公報に明記され(甲二・六欄二四行~三〇行)、実施例4にも接着層が保護層として明記されている(同一〇欄二三行以下)。

第五  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本件発明の構成要件及びイないしハ号の特定について

一  本件発明の構成要件

原告が本件特許の特許権者であること(請求原因一)及び本件発明の構成要件が原告主張(同二)のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  イないしハ号の特定

原告は、訴状において被告らの製品をイ号として特定していたが、被告らが製造、販売及び販売のための展示をしていることを自認する製品を別途イないしホ号に分類したうえで、いずれも本件発明の技術的範囲に属しない旨主張したことから、原告は、この分類を踏まえて、そのうちのイ、ロ及びホ号を改めて別紙一ないし三記載のイ、ロ及びハ号とし、これを本件で差止等を求める対象物件として特定した。したがって、右イないしハ号の特定自体については当事者間に争いはないが、原告は、その構成を請求原因五の1ないし3のとおり分説するのに対し、被告らは、これを別紙四記載のとおりであると主張している。

そして、被告らの主張するところは、原告の構成要件の分説が、例えば、顔料及び樹脂ベースを含有するバックアップ層の一部である白色バックアップ層(イ・ハ号)を13Bとして13の構成要件に分類し、他方黒色バックアップ層を14A、灰色バックアップ層を14Bとして14の構成要件に分類するなどの点において不自然であり、それは本件発明と被告ら製品とは技術思想において相違し、製品の構成が全体として本件発明のそれとは異なるとする被告らの主張と相容れないものであるというのである。

しかし、構成要件の分説はあくまで、製品間の構成の対比の便宜等のためにされるものであり、イないしハ号が本件発明の技術的範囲に属するか否かを判断するためには、両者の構成要件の全てについて充足関係が審査されることになり、被告らの右主張もその過程において検討されることになるから、以下においては、原告主張の構成要件の分説を前提に検討を進めることとする。

第二  本件発明の技術的範囲について

イないしハ号が本件発明の技術的範囲に属するか否かに関する争点は、〈1〉本件発明は構成要件3の「図柄模様層」を有するものに限られるか(イ・ロ号は「図柄模様層」を有しない)、〈2〉カーボンブラックを含有するイないしハ号の黒色バックアップ層14Aは、本件発明の構成要件4の「多孔性物質を含有して成る吸着層」の要件を充足するか、〈3〉本件発明の構成要件5の「色染布に転写」の要件は白色布に転写される場合にも適用されるか、の三点であるが、最初に、イないしハ号に共通の、しかも本件の中心的な争点である本件発明の構成要件4について、「多孔性物質」と「吸着層」に分けて検討する。

一  「多孔性物質」について

1  カーボンブラック=プリンテックス55

本件発明の構成要件4は、「図柄模様層3上の全面に被覆されたところの多孔性物質を含有して成る吸着層4」であるところ、イないしハ号の黒色バックアップ層にカーボンブラックが使用されていることについては当事者間に争いがない。そして、被告らは、イないしハ号の黒色バックアップ層に現在使用されているカーボンブラックはドイツのデグッサ(Degussa)社の商品プリンテックス55であると述べているところ、原告はこのプリンテックス55が多孔性物質に該当すると主張している。

2  「多孔性物質」の意義

(一) 一般に、「多孔性物質」の意義は、多数の細孔を有する物質であると解されるが、「多孔性」は相対的な概念であるから、特許請求の範囲に記載された「多孔性物質」が具体的にどのような多孔性物質を指すのかは、その文言自体からは明らかではない。また、「多孔性物質を含有して成る吸着層」との記載から、本件発明の多孔性物質は吸着対象となる物質について所望の吸着機能を有することを予定していると考えられるが、このような吸着機能を有する多孔性物質がどのようなものであるかについても、やはり特許請求の範囲の文言からは一義的に明らかではない。

(二) そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると、「吸着層4に用いられている多孔性物質としては、例えば、活性炭素、活性白土、硅藻度(硅藻土の誤記と認める)、活性アルミナなどが挙げられ、いずれも微細孔を有する表面積の極めて大な固体粉末」である旨の記載がある(甲二、五欄四〇行~四四行)。

原告は、カーボンブラックの比表面積(BET法による測定値、以下、比表面積は全て同法によるものを指す)を根拠にカーボンブラックはこの「微細孔を有する表面積の極めて大」な物質であり、本件発明の多孔性物質に該当する旨主張している。そして、カーボンブラックの表面には一般に細孔が存在し、多孔性を有すると考えられていることは認められる(甲三五及び三七)。また、乙五、二六、二七によればプリンテックス55の比表面積は、一〇〇~一一〇m2/g程度であると認められるところ、右例示物質の一つである活性アルミナの住友化学工業株式会社の製品(吸着精製用活性アルミナ(粉末))の比表面積は、一一〇~一五〇m2/gであり(甲一一、〈19〉頁右上表)、プリンテックス55は右活性アルミナの製品とほぼ同一の比表面積であることが認められる。

(三) しかし、他方、同じく多孔性物質として例示されている活性炭素の比表面積は一五〇〇~一八〇〇m2/gであることが認められ(乙七)、プリンテックス55の比表面積はこの活性炭素の比表面積の一五分の一程度にすぎず、また、甲三七(公開特許公報)には、「カーボンブラック顔料は、少なくとも約一四〇m2/gのBET比表面積を有する場合において相当程度の多孔性を示すと信ぜられている」旨の記載があるが、プリンテックス55の比表面積はこの数値を下回っている。

(四) そして、甲二八によれば、本件発明の詳細な説明に多孔性物質として例示されている物質の間にもその比表面積にはかなりの幅があるうえ、甲七、八及び乙五によれば、カーボンブラックにも種々の製品がありその比表面積も製品によってかなりの幅があること(製品によって、甲七では二〇~三六〇m2/g、甲八では二〇~九五〇m2/g、乙五では二〇~一〇〇〇m2/g)が認められる。さらに発明の詳細な説明に多孔性物質として例示されている硅藻土についての比表面積は本件証拠上不明であるが、硅藻土の未焼成品はある程度の吸着力を示すものの、焼成品、特に白色焼成品は非活性となり吸着力はほとんど零に等しいことが認められる(甲一〇)。

(五) 以上を総合すると、そもそも本件発明の多孔性物質に該当するか否かの判断において、一義的に比表面積を基準にできるかどうかについては疑問があるうえ、仮に比表面積を基準にするとしてもどの程度の比表面積を有すれば吸着機能を有する多孔性物質に該当するのかはやはり明らかではない。

(六) そこで、さらに発明の詳細な説明の他の記載をみると、「然し乍ら、斯かる転写捺染シートを使用してもなお且つ十分な捺染効果を挙げることが困難な色染布が多い。例えば、………有機顔料の一部などの如く、色素構造的に非イオン性、低融点、しかも熱昇華性を有するもので着色せる色染布は、該転写シートで加熱転写と同時または転写後の経日によって、色素が蒸発昇華して滲み出し、転写された図柄模様を著しく汚染するのである。本発明者は、如上の従来法の欠点を改善すべく種々検討した結果、………加熱・加圧して転写することにより、吸着層は色染布表面に固着され、該吸着層を介して図柄模様層が転写され、かくして色染布の着色度あるいは着色剤の種類を選択せずとも、隠蔽力大で、風合を損なうことなく、堅牢で鮮明な図柄模様捺染物を得られることを見い出したのである。」旨の記載(甲二、三欄二三行~四欄一行)、「転写中乃至転写後において、色染布5と図柄模様層3との間に(吸着層4が)介在することにより、色染布5を着色せる色素が滲出しても、図柄模様層3を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、以て図柄模様層3の鮮明度を常時確実に保持するものである」旨の記載(甲二、五欄四四行~六欄四行)、及び「斯かる吸着層4は、転写捺染布において図柄模様層3が色染布5上で鮮明度を保つために、色染布5の色素が表面に滲み出すことを防止するという顕著な作用を発揮し、かかる点に本発明の大きな特徴がある」旨の記載(甲二、五欄三五行~三九行)がそれぞれ存在する。

(七) これらを総合すると、本件発明の吸着層の多孔性物質は、単に吸着機能があればよいというのではなく、色染布を着色した色素が滲出しても、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、もって図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する程度の吸着機能を必要としていることが明らかである。

なお、出願経過についても付言すると、乙一〇(原告意見書)及び乙一一(審判請求理由補充書)では、原告は、本件発明とそれ以前の原告の出願特許(特開昭五一-二九五八〇号)(以下「引用例1」という)との違いとして、引用例1は、昇華性を有する染料で着色せる色染布に使用するに難点があったが、かかる特殊な色染布にも十二分の効力を発揮すべき新規構成要件が凡ゆる面より検討され、その結果完成したのが本願出願である旨説明し、また第三者出願の特許(特公昭四九-二一六〇二号公報記載の発明、以下「引用例2」という)との違いとして、本件発明における吸着層4は、多孔性物質を含有して成り、色染布を着色せる色素の滲出を吸収して、以て該滲出色素が図柄模様層3に透過することを防止し、図柄模様層3の鮮明度を常時確保するものであって、引用例2の構成・作用効果と根本的に相違する旨説明している。したがって、本件発明の多孔性物質は前記程度の吸着機能を必要とされていることが右出願経過によっても裏付けられているといえる。

したがって、イないしハ号の黒色バックアップ層に使用されているカーボンブラックが本件発明の構成要件4にいう「多孔性物質」に該当するか否かについては、カーボンブラックが本件発明の作用効果として要請される右程度の吸着機能を有するか否かによって判断するのが相当である。

3  公知技術の主張について

(一) 被告らは、カーボンブラックを転写シートの着色顔料層バックアップ層に含有する構成は、米国特許三三五九一二七号公報(乙一四)、英国特許一二〇一七一三号公報(乙一三)及び英国特許一二八七四五二号公報(乙二)により既に本件特許出願時に公知であるから、本件発明の構成要件4の「多孔性物質」をいかに定義するかにかかわらず、「多孔性物質」からカーボンブラックを除外すべきであると主張する。

(二) そこで検討するに、乙二、三、一三及び一四によると、次の事実が認められる。

(1) 米国特許三三五九一二七号公報(乙一四)について

乙一四に開示されている発明(以下「乙一四の発明」という)の特許日は一九六七(昭和四二)年一二月一九日で、その特許公報は本件特許の出願前である昭和四三年三月一日に日本の特許庁資料館に受け入れられている。

発明の名称は、「洗濯可能な織物地のためのポリアミド熱転写体」で、この発明は、高度に耐久性を有し、実質上永久的な模様または装飾効果を付すことを保証することを目的として、繊維織物に模様または装飾効果を適用することに関するものである。従来技術として、熱と圧力によりラベル様の転写シートを繊維製品に固着する方法があり、その一方法として図柄等を一時的な支持体へ塗布し、その後、右支持体から繊維製品へその図柄等を転写するという方法があったが、転写された印刷体が限定された回数のクリーニングにしか耐えられないという欠点があった。そのため、ラベルを直接繊維製品に縫い付ける方法、または、機械的に堅牢なラベルを用いる方法が行われてきた。乙一四の発明は、転写シートに係るもので、転写される模様は可溶化された線状のポリアミドからなる層で構成され、ポリアミドは接着剤として作用する。この発明の重要な特徴は、可溶化された線状のポリアミドを高度に不溶化された形状のものへと進行させる能力を有する硬化剤を転写シートの製造時に転写シート中に含有させるという点にある(乙一四訳=原告準備書面(五)添付訳)。

そして、乙一四の発明では、デザイン層上に背景を提供するべく、不透明な連続層を設けてもよいことが記載され(前同訳)、実施例1、4及び5では、その不透明層にカーボンブラックが含有されてもよいことが示唆されている。

また、典型的な形態においては、当該不透明な連続層は、情報担持模様の外側に存在し、その結果、物品へ転写された時に、この不透明層が図柄模様層に対する対照的な背景(バックグラウンド)を形成することになる旨、あるいは、着色透明層または透明層は、転写後において、図柄模様層に対する対照的に着色した背景(バックグラウンド)を提供する能力がある旨記載されている。

しかし、乙一四の発明の特許公報には、昇華性を有する着色剤で着色された繊維製品に対して図柄模様を転写形成する際に生じる当該着色剤の昇華の問題についての認識をうかがわせる記載はなく、したがって、この問題点を解決するために多孔性物質からなる吸着層を設けるという技術思想についても全く記載がない。

(2) 英国特許一二〇一七一三号公報(乙一三)について

乙一三に開示されている発明(以下「乙一三の発明という」)の完全明細書の発行日は一九七〇(昭和四五)年八月一二日で、その特許公報は、本件特許出願前である昭和四五年一〇月二八日に日本の特許庁資料館に受け入れられている。

発明の名称は「熱転写可能な模様素材と織物または類似材料から成る物品にラベリングする方法」であり、この発明の目的は乙一四の発明と基本的に同じであるが、樹脂組成物をさらに改良することにより転写効率を向上し、経済的に有利な樹脂組成物を提供することである。乙一三の発明においても、乙一四の発明と同様に、情報担持模様のための背景(バックグラウンド)を提供する顔料着色層を塗布してもよいことが記載され(前同訳)、実施例5においてカーボンブラックが使用されることが記載されている。

しかし、乙一三の発明の特許公報についても、やはり、繊維製品の着色剤の昇華の問題についての認識をうかがわせる記載はなく、吸着層を設けるという技術思想についても全く記載がない。

(3) 英国特許一二八七四五二号公報(乙二)について

乙二に開示されている発明(以下「乙二の発明」という)の完全明細書の発行日は一九七二(昭和四七)年八月三一日であり、その特許公報は本件特許の出願前である昭和四七年一〇月二六日に日本の特許庁資料館に受け入れられているほか、その優先権を主張して日本においても出願され、その公告日も本件特許の出願前である昭和五一年五月二五日である(乙三)。

発明の名称は「転写可能なマーキングラベル」(乙三の特許公報では「可撓性繊維物品上に永久的標識を形成させる方法」)で、その目的の基本は乙一四及び乙一三の発明と同一であるが、転写シートの積層構造を改良したものである。そして、その構成は、仮支持体、印刷層(図柄模様層)及び透明ラッカー層からなる転写シートであるところ、印刷層のための印刷インキ組成物としてカーボンブラックを配合した例が実施例1として記載され、また、印刷層の上に形成される樹脂は一般に透明で無色のラッカーであるが、ある場合には着色または顔料着色され得ることが記載されている。

しかし、乙二の発明では、そもそもバックグラウンド層を設けること自体の記載がなく、さらに、乙一四及び一三の発明と同様に、繊維製品の着色剤の昇華の問題についての認識をうかがわせる記載はなく、また、その問題を解決するため吸着層を設けるという技術思想についても全く記載がない。

(三) 被告らは、乙一四及び一三の発明のバックグラウンド層は、それが連続層か否かにかかわらず、転写後に図柄模様層の背後全体に位置する点でイないしハ号のバックアップ層と同一であるし、乙一三には、「In some cases however the said pigmented layer or the said bonding layer may be printed over each marking element area only」(2頁七五行~七八行)と記載され、バックグラウンド層を模様領域のみに被覆してもよいことが明示されている、したがって、ベースシート、剥離性樹脂層、図柄模様層が存し、かつ、多孔性物質含有層が図柄模様層と被転写布との間に介在する構成が公知のものであると主張する。これに対して、原告は、右英文中の「marking element」は図柄模様を示すものではなく、被告ら指摘の箇所は、図柄模様層の上にのみバックグラウンド層を設けてもよいとの記載ではない、乙一三、一四の発明のバックグラウンド層は、図柄模様の外側に存在し、その図柄模様を引き立たせる役目をする層であるから、被告ら主張のように図柄模様層の下に隠れてしまってはその意味を失う旨主張している。

(四) しかし、右の解釈の如何にかかわらず、前記のとおり、乙一三、一四、二の各発明は、昇華性を有する着色剤で着色された繊維製品に対して図柄模様を転写形成する際に生じる当該着色剤の昇華の問題については全く認識がなく、したがって、この問題点を解決するために多孔性物質からなる吸着層を設けるという本件発明の技術思想については全く開示がないばかりか、その示唆すらない。したがって、右各発明は、本件発明とは目的、構成及び作用効果を異にする全く別異の発明であると解さざるを得ず、本件発明の構成が公知であり、本件発明の「多孔性物質」からカーボンブラックを除外すべきであるという被告らの主張は、その前提が認められないから採用しない。

4  カーボンブラックは特許明細書上「多孔性物質」から除外されているとの主張について

被告らは、本件特許明細書において、カーボンブラック(カーボン黒)を図柄層に使用する単なる顔料として例示(甲二、四欄三〇行~四〇行)する一方、吸着層に使用する多孔性物質としては一切例示せず(甲二、五欄四〇行~四二行)、明らかにカーボンブラックを多孔性物質と区別して記載していると主張する。

しかし、本件特許明細書の記載において、多孔性物質として挙げられている活性炭素等は、例示であることが明らかであって、そこにカーボンブラックの記載がされていないこと及び図柄層に使用される顔料としてカーボンブラックが例示されていることのみをもって、本件発明の多孔性物質からカーボンブラックが除外されているとすることはできない。

二  「吸着層」について

1  「吸着層」の意義

本件特許請求の範囲には、本件発明の構成要件4として「多孔性物質を含有して成る吸着層」と記載されているだけであり、右記載自体からは「吸着層」の意義が一義的に明らかであるとはいいがたい。したがって、多孔性物質について検討したところと同様に、発明の詳細な説明の記載を参酌して解釈するのが相当である。

そして、多孔性物質について前述したところの発明の詳細な説明の各記載を総合すると、本件発明における「吸着層」には、色染布を着色した色素が滲出しても、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、もって図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する程度の吸着機能が必要とされていることは明らかである。したがって、イないしハ号の黒色バックアップ層が本件発明の吸着層に該当するか否かについても、黒色バックアップ層が右程度の吸着機能を有するか否かによって判断することとなる。

2  混練による吸着機能喪失について

(一) 被告らは、イないしハ号の黒色バックアップ層では、プリンテックス55は、多量の樹脂と混練され、そのほぼ全体が樹脂の中に埋没してしまっており、プリンテックス55が多孔性物質であっても、その表面が樹脂に覆われて塞がれ、細孔の中に樹脂が入り込んでいるため、染料が昇華してもプリンテックス55と接触することができず、多孔性物質の特性である吸着機能は阻害されているから、万一プリンテックス55自体に吸着機能があるとしても、被告ら製品においてはその吸着機能を喪失していると主張する。

(二) そして、乙二五(試験成績書-福井県工業技術センター)及び乙二六(試験成績書の説明書)によれば、プリンテックス55がウレタン樹脂と混練された場合の比表面積は〇・一m2/g以下(計算上の数値は〇・〇〇〇〇三m2/g)となり、本来のプリンテックス55の比表面積一〇〇~一一〇m2/gから急激な低下を示すこと、混練時の右比表面積は、典型的な非多孔性物質である酸化チタン製品(テイカ株式会社製)の比表面積六~四〇m2/g(甲一三)をも大きく下回るものであることが認められる。

(三) しかし、これらの比表面積は、いずれもBET法による測定値であるところ、BET法による測定は、マイナス約一九六℃という低温で行われるものであり(乙五-二四頁10・16、乙八)、本件で問題とされる一六〇℃~二〇〇℃の高温での現象とは条件が明らかに異なり、この比表面積が本件で問題とされる条件での吸着機能をどこまで反映するものであるのかは本件全証拠によっても明らかではない。

(四) 他方、原告は、活性炭についても、BET法による測定によると樹脂と混練された場合には比表面積の数値が激減するが、活性炭は樹脂と混練された状態でも吸着機能を有するとし、したがって、カーボンブラックもそのような状態で吸着機能が発揮されることは当然であると主張する。そして、甲四三(測定結果報告書-武田薬品工業株式会社)によれば、一一三三m2/gの比表面積を有する活性炭が樹脂と混練された場合にはその比表面積が〇・六m2/gまで低下するのに対し、プリンテックス55は、同様に一〇三m2/gから〇・八m2/gに低下することが認められる。

(五) しかし、活性炭が一般的に高い吸着機能を有することは認められる(乙七)にしても、本件発明に使用された場合の活性炭の吸着機能も、樹脂と混練された場合の吸着機能自体も立証されていないうえ、先に検討したとおり、比表面積から本件発明の予定している吸着機能の有無は判断できないから、やはり比表面積のみを根拠として混練により本件発明の予定している程度の吸着機能を喪失しているか否かも判断することはできない。

(六) 結局、被告ら製品に使用されているカーボンブラックまたは黒色バックアップ層が、混練によって吸着機能を喪失しているかどうかについては、比表面積の比較だけで判断することはできず、後記のように実験結果を検討して、実際に吸着機能を有するか否かによって判断するほかはないこととなる。

3  「吸着層」の厚み等について

被告らは、本件発明においては、その構成の当然の前提として、「吸着層」が相当の厚みを有することを要する、すなわち、シート転写の際には、物質吸着の条件は極めて悪いところ、それにもかかわらず、大量に昇華する染料ガスを吸着して、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、もって図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する程度の吸着機能を有するためには、その「吸着層」は相当に分厚く、大量の多孔性物質を含有する必要がある、しかるに、被告ら製品の黒色バックアップ層の厚みはわずか四ないし八μmであり、その厚みが極めて薄いため、当然そこに含まれるプリンテックス55の量はわずかである、よって、仮にプリンテックス55に若干の吸着機能があるとしても、本件発明の予定している程度の吸着機能を有しないと主張する。

そして、乙八によれば、活性炭については温度が上昇するほど吸着量は減少することが認められ、本件のように高温での転写の場合には物質吸着の条件としては悪いものであることがうかがわれる。しかし、どの程度の薄さであれば、本件発明の予定する程度の吸着機能がないこととなるのか、その主張の前提となるところが明らかではないから右主張は採用できない。

三  各実験結果等の検討

そこで、双方が、それぞれ提出した実験結果等について検討することとする。

1  原告提出の試験報告書等について

(一) 甲五(試験報告書-原告)及び甲一二(試験証明書-財団法人日本化学繊維検査協会京都検査所)について

(1) 甲五の試験Ⅰは、プリンテックス55を含む五種類のカーボンブラックAないしE(プリンテックス55はE)、本件発明の詳細な説明において多孔性物質として例示されている物質である活性炭(A、Bの二種類)、活性白土、硅藻土及び活性アルミナ並びに非多孔性物質として知られている酸化チタンの一一種類の物質のそれぞれを、同一のアクリル酸エステル系エマルジョンバインダーに一〇%の濃度で分散させて一一種類の捺染ペーストを調整するとともに、エマルジョンバインダーのみで構成される捺染ペースト(以下「ブランク」という)を加えた一二種類の捺染ペーストを、昇華性のある赤色分散染料によって着色されているポリエステル布帛上に印捺し、この印捺面側を白色のポリエステル布帛と重ね合わせて、ホットプレス機で加熱、加圧処理(一七〇℃、三〇秒間)を施し、赤色の分散染料を白色のポリエステル布帛上に昇華移染させたものである。

そして、同号証は、試験Ⅰの結果(DataⅠ-2)で明らかなとおり、カーボンブラックAないしEのいずれにおいても昇華染料に対する吸着機能が確認された、同試験において用いた赤色分散染料のように昇華性を有する着色剤により着色されたポリエステル布帛を、白色(無着色)のポリエステル布帛に重ね合わせて加熱、加圧すると、その着色剤は、当該白色ポリエステル布帛上に昇華移染するが、その際染料吸着機能を有する物質が介在すれば、DataⅠ-2のとおり昇華染料の移染が防止される、これに対して、多孔性物質を含有しないブランク、酸化チタンについては、このような移染の防止効果がない、すなわち、DataⅠ-2において、赤色度が薄い箇所ほど、当該物質に吸着された染料量が多いことを示している、としている。そして、確かにカーボンブラックAないしEについての試験結果によれば、いずれにも昇華染料移行防止効果が認められる。

しかしながら、それが原告の主張する吸着機能によるものか、被告らの主張する遮蔽機能によるものかは明らかではない。そして、甲五自体からは、試験Ⅰの各捺染ペーストの塗布厚は明らかではないが、甲二八(甲五の追加考察-原告)によれば、その塗布厚も、一〇μmから六〇μmまで幅があることが認められるから、試験Ⅰの結果の差が塗布厚の差による可能性は否定できない。

(2) 次に、甲五の試験Ⅱは、試験Ⅰで用いた五種類のカーボンブラックを、同一の油性の印刷ビヒクル中に七%濃度で分散させることにより、五種類の印刷インクを調整するとともに、印刷ビヒクルのみで構成される印刷インク(以下「ブランク」という)を用意し、これら六種類の印刷インクを、それぞれ印刷インク層(約一〇μm)、白色顔料層(約二〇μm)、剥離性樹脂層(約二μm)、ポリエステル性ベースシート(約一〇〇μm)の構成の白色転写シート前駆体の白色顔料層上に印刷するとともに、その上に接着層(約一六〇μm)を設けて六種類の白色転写シートを作成したうえで、試験Ⅰと同様の着色ポリエステル布帛と重ね合わせ、加熱、加圧(一八〇℃、五〇〇g/cm2、一〇秒間)を施し、ベースシートを剥離して、白色転写シートを着色布帛に転写した実験である。

そして、甲五は、この試験結果であるDataⅡ-2から明らかなとおり、カーボンブラックを用いた転写シートにおいては、いずれもブランクの転写シートに比較して、高い白色度が示されており、これらの転写シートは、本件特許公報に開示されたとおりの昇華対策性を有していることが明らかである旨結論付けている。

確かに、右結果によれば、カーボンブラックを用いた転写シートが、ブランクの転写シートに比較してより高い昇華染料移行防止機能を有することは認められるが、試験Ⅰにおいてそれがそもそも吸着機能のためであるのか否かが不明であるから、試験Ⅱの結果によっても、カーボンブラックの吸着機能によって昇華染料の移行が防止されていると結論付けることはできない。

かえって、イないしハ号の黒色バックアップ層は、四ないし八μmである(乙一)ところ、甲二八によれば、試験ⅠのカーボンブラックEの塗布厚は一〇μmであってほぼ同程度であるが、DataⅠ-2によれば、カーボンブラックEにおいても相当の染料の移行が認められる。また、DataⅠ-2によればブランクはほとんど昇華染料移行阻止機能を有しないと認められるにもかかわらず、DataⅡ-2によれば、ブランクの転写シートもある程度は昇華染料移行防止効果があったことが認められることからすると、白色顔料層等他の層に昇華染料移行防止機能があることがうかがわれる。

(3) さらに、甲五の実験Ⅲ及び甲一二は、黒色バックアップ層を有する被告ら製品(ロ号)(検甲四)と黒色バックアップ層を有しない被告らの製品(プーマ柄)(検甲一一)について、白色転写シートへの赤色プリント部からの昇華の影響(色差)を試験したものであり、前者の方が後者に比較してより高い昇華対策性を示していることが認められる。

しかし、この試験結果の差についても、黒色バックアップ層の吸着機能による差であるのか、遮蔽機能による差であるのか明らかでないことは試験Ⅰ、Ⅱと同様である。

(4) したがって、試験ⅠないしⅢの結果によっては、甲五が結論付けるように、被告らの製品が、多孔性物質であるカーボンブラックが有する昇華染料吸着機能を利用した昇華対策性の転写シートであると認めることはできない。

(二) 甲二六(試験証明書-財団法人日本化学繊維検査協会京都検査所)について

(1) 原告は、イないしハ号のカーボンブラック層の作用効果を実験するために、ベースシート(一〇五μm)、剥離性樹脂層(二μm)、白色顔料層(二五μm)、カーボンブラック層(一〇μm)、銀色アルミ層(五μm)、中間接着層(三〇μm)及び接着層(七〇μm)の構成の転写捺染シートをAとし、Aのカーボンブラック層の代わりに同じ厚みの酸化鉄層を設けた転写捺染シートをBとし、同様にカーボンブラック層の代わりに同じ厚みの樹脂のみからなるクリアー層を設けた転写捺染シートをCとして、昇華性を有しない赤色顔料によって水玉模様状にプリントされた顔料捺染布上へこのA、B及びCを転写した試験が甲二六の二頁目の添付データ(以下「データ1」という)であり、A、B及びCは、下地を光学的に遮蔽するという効果においては差がなく、したがって、黒色バックアップ層に光学的遮蔽機能はない旨主張する。

しかし、この試験では、各シートにはカーボンブラック層、酸化鉄層、クリアー層以外に、白色顔料層、中間接着層等がそれぞれ設けられているのであり、これらによって既に十分な光学的遮蔽機能が発揮されるのであればこの試験において差が生じないことも考えられること、A、B及びCをそれぞれ透かして比較してみれば、Cは黒色層であるA及びBよりも光の透過性が高いことが認められること、乙一八によれば、耐光性の悪いプラスチックにカーボンブラックのような光遮蔽力の強いものを添加すると耐光性が改善されることが認められることから、この試験結果をもってカーボンブラック層に光学的遮蔽機能がないとすることはできない。

(2) さらに、原告は、前記Cのシートの中間接着層を四五μm(接着層は六〇μm)にしたものをシートDとし、中間接着層を六〇μmにしたもの(接着層は五〇μm)をシートEとして、AないしEのシートを、昇華性を有する赤色分散染料で着色された分散染料捺染布上へ転写した試験結果が甲二六の三及び四頁のデータ(以下それぞれ「データ2」、「データ3」という)であり、カーボンブラック層のある転写シートAが最も良好な結果を示したが、等しく黒色層を含むA、Bで差が生じており、これは下地の光学的遮蔽によるものではない、また、データ3から、Cの中間接着層をそれぞれ分厚くしたD、EにおいてはCに比べて昇華染料移行防止性が良好になっているが、Aには及ばない、すなわち、中間接着層を分厚くしても、カーボンブラック層による効果には及ばない、そして、以上の結果から、カーボンブラック層には、顕著な昇華染料移行防止機能が存在し、それも光学的あるいは物理的な遮蔽ではなく吸着によっているものであることが明らかになったと主張する。

しかし、仮に、AとBについての右試験結果の差が光学的遮蔽機能の差によるものではないとしても、それが吸着機能の差によるものか、遮蔽機能の差によるものかは明らかにされておらず、AとBの結果に差が生じたからといって、直ちに原告の主張を採用することはできない。

かえって、データ3によれば、中間接着層の厚みが三〇μmのCよりも六〇μmのEの方が白色度が高いことから、中間接着層はある程度の昇華染料移行防止機能を有することが認められる。

(三) 甲二八(甲五の追加的考察-原告)について

甲二八は、甲五の試験Ⅰに用いた各物質の比表面積、粒子径及び捺染ペーストの塗布厚を示し、また、同試験のDataⅠ-2の白色度の度合、即ち染料の昇華防止性の度合いを色彩色差計(ミノルタCR-121)を用いて数値化したL値を示したうえで、比表面積が大きくなればなるほど(多孔度が増せば増すほど)白色度が増し、染料移行防止の度合いが向上しており、これは、当該染料の移行が多孔性物質の吸着作用により防止されていることを示しているとする。また、もし、昇華染料の移行防止効果が物理的遮蔽により達成されているならば、物質の粒子径とL値の間、及び捺染ペーストの塗布厚とL値の間のそれぞれに比例関係が存在するはずであるが、L値と塗布厚及び粒子径との間には何ら関係はないとしている。そして、甲五の試験Ⅰにおいて、昇華染料の移行が防止されているのは、物理的遮蔽ではなく、多孔性物質の吸着作用によると結論付けている。

しかし、甲第二八号証には次の問題点等が存在する。

(1) まず、L値の測定方法自体に疑問がある。すなわち、甲二八には、色彩色差計(ミノルタCR-121)によるL値の測定条件が全く記載されていないところ、乙一九(甲号証に対する実験と追加考察-被告ジャパン・ポリマーク株式会社)の実験3(甲二八について)及び乙二三(色彩色差計)によれば、同色彩色差計の測定面積は直径三ミリであるのに対し、甲五の試験Ⅰのサンプルは、縦横それぞれ約三センチメートルであることが認められる。そして、試験Ⅰの結果をみると活性白土等は白色度にまばらな箇所があり、右色彩色差計の測定面積からするとその白色度を測定するためにはいくつかの箇所の平均値をとる必要があると考えられるところ、甲二八のL値がそのように平均値をとることなく測定された数値であるとすると、そのL値は正確に染料移行防止の度合を反映していない可能性が高い。そして乙一九及び二一によると、乙二一の測定実験による甲五のカーボンブラックEのL値は、活性白土、硅藻土、活性アルミナのL値よりも小さいことが認められ、甲五の試験Ⅰの結果を目視してみても、活性白土は試料の場所によってかなり白色度が異なるものの、全体としてカーボンブラックEよりは白色度が高いと認められるのに、甲二八では、カーボンブラックEの方が活性白土よりL値が高くなっている。

(2) また、甲二八は、比表面積とL値の間に概ね比例関係があるとするが、甲五の試験Ⅰの一二種類の物質の間には塗布厚において、一〇μmから六〇μmの差があり、比表面積の他の条件が同一でないから、これをもって直ちに比例関係があるとはいえない。

(3) さらに、捺染ペーストの塗布厚とL値の比例関係を求めるとしながら、同一物(プリンテックス55なら55)について厚みを変えて実験するのではなく、活性炭、活性アルミナ等も含めて異なる物質のL値を比較しており、仮にそのL値と厚みとの間に比例関係が認められないとしても、直ちに、厚みとL値の間に関係がないと一般化することはできない。

そして、五種類のカーボンブラックのみに着目すると、カーボンブラックCは、L値が最も高く比表面積も他の四種類よりかなり大きいが、塗布厚も他の四種類よりも厚く、試験結果の差が比表面積の差によるものなのか、塗布厚の差によるものなのか不明である。また、比表面積が比較的近いカーボンブラックA(比表面積三六〇m2/g)とD(比表面積三〇〇m2/g)を比較すると、厚みがより大きいD(厚み一五μm)の方が比表面積のより大きいA(厚み一〇μm)よりL値が高い結果になっている。したがって、この実験結果の差は塗布厚の差によって生じたものではないかとの疑問が存する。

このような問題点ないし疑問点が存在する以上、甲二八によっても、イないしハ号の昇華染料移行防止効果が吸着機能によるものであり、遮蔽機能によるものではない、との原告の主張を認めることはできない。

(四) 甲三一(実験報告書-原告)について

甲三一の実験は、ベースシート、黒色層(カーボンブラック四~八μm)及び接着層よりなる転写シート(乙一五の試料4、以下「試料4」という)と試料4の黒色層の代わりに中間層(一五ないし二〇μm)とした転写シート(乙一五の試料5、以下「試料5」という)を昇華性のある赤色ポリエステル布帛へ転写(二〇〇℃、五〇〇g/cm、一〇秒間)し、その後ベースシートを剥離してベースシートの着色度を観察した実験であり、同号証は、ベースシートは試料4の方が試料5よりも着色度合いが薄く、黒色層は中間層よりも層の厚さが薄いにもかかわらず、昇華染料の移行を阻止する作用効果においては、優れた効果を発揮しており、黒色層に含まれているカーボンブラックが昇華染料に対する吸着作用を有していることは明らかであると結論付けている。

しかし、結果の差異はそれほど明確なものでないうえ、既に検討した実験報告書等について述べたところと同様に、それがカーボンブラックの吸着機能によって生じたものか、遮蔽機能によって生じたものかは不明である。

(五) 甲四二(試験報告書-原告)について

甲四二は、カーボンブラック(プリンテックス55)、酸化鉄A、Bをそれぞれ樹脂と混練したフイルム状物及び樹脂のみのフイルム状物をそれぞれ昇華性を有する赤色分散染料で着色された赤色ポリエステル着色布帛に載置し、これらの試料を挟むようにしてその上にポリエステル布帛を重ね合わせ、ホットプレス機で加熱、加圧(一八〇℃、五〇〇g/cm2)して、赤色ポリエステル着色布帛の分散染料を白色ポリエステル布側に昇華移染させた試験であり、同号証は、カーボンブラックを含有するフィルム状物が昇華防止性が顕著であることから、カーボンブラックのフイルム状物は、本件発明の吸着層に該当するとしている。

しかし、やはり、これまでに述べたところと同様に、右試験結果の差が吸着機能によって生じたものか、遮蔽機能によって生じたものかについては明らかではない。

また、それぞれのフィルム状物を透かしてみると、カーボンブラックを含有するフィルム状物が酸化鉄A、Bを含有するフィルム状物よりも明らかに黒色度が強く、密度が高いかあるいは遮蔽力に影響を及ぼす何らかの物質的差異があるのではないかとの疑問があり、したがって試験結果の差が物理的遮蔽機能の差によって生じたのではないかとの疑問は払拭できない。

以上のとおり、原告提出の実験結果等には、それぞれ疑問点ないし問題点が存し、イないしハ号のカーボンブラックあるいは黒色バックアップ層が昇華染料の移行を防止する機能をある程度有することは認められるものの、右実験結果等によっては、それが原告主張の吸着機能によるものであることを証明しているとはいいがたい。

2  被告ら提出の実験結果等について

(一) 乙一五(実験報告書-被告ジャパン・ポリマーク株式会社)、乙一六(試験成績証明書-財団法人日本繊維製品品質技術センター福井検査所)及び乙一七(試験成績証明書-同)について

(1) 乙一五の実験1は、被告ら製品(イ号)を構成する個々の層からなる試料片、すなわち、黄色着色層(六・五μm)、白色バックアップ層(一六・〇μm)、黒色バックアップ層(六・〇μm)、灰色バックアップ層(五・五μm)、中間接着層(一五・〇μm)の各試料片を採取し、各試料片を分散染料で染着した赤色ポリエステル布と昇華した染料を付着させるための白色ポリエステル布との間に挟み、加熱転写機を用いて加熱、加圧(二〇〇℃、一八〇℃、一六〇℃の各温度、一kg/cm2、三〇秒間)して染料を昇華させ、昇華染料を白色布地に移染させた実験である。

そして、実験1の結果(一六〇℃及び一八〇℃での実験結果は昇華染料の量が少なかったため二〇〇℃での実験結果による)は、白色バックアップ層の染料移行阻止機能が他の層に比較して顕著であり、白色バックアップ層についての実験結果は、赤色布がない部分すなわち染料の移行が全くない部分の白色度と比較してみてもほとんど差がないことから、ほぼ完全に染料の移行が阻止されていること、また、灰色、中間接着層にもかなりの染料移行阻止機能があり、さらに黒色バックアップ層にもある程度昇華染料移行の阻止機能があることをそれぞれ示している。

この実験結果は、既に述べた甲二六のデータ2、3(原告の主張によれば、中間接着層を分厚くしてもカーボンブラック層の効果には及ばないことを示すもの)の結果とは対照的であるところ、甲二六で各層に用いられた樹脂は、原告の主張によれば、ウレタン樹脂、イソシアネート樹脂、ポリアミド樹脂等であるが、これらの構成等は、被告らの主張するイないしハ号に用いられている樹脂の構成等と必ずしも一致しているものではない(乙一、平成七年一月三〇日付「被告転写シートの説明書」参照)うえ、乙一八によれば、同一名の樹脂であっても、樹脂原料の種類は多岐にわたり、樹脂の特性は用いる原料によって著しく変化することが認められるのに対し、乙一五の各層の試料片の採取は、転写ラベルの各樹脂層をスクリーン印刷機で積層する際に、各層の間にそれぞれポリプロピレンシートを挟んで印刷し、全体の乾燥後に各々の層に剥離したものであるから、各層の試料片は被告ら製品の各層と物理的・化学的差異はないこととなり、被告ら製品の実験方法としては、乙一五の方がより信用性を有すると考えられる。

もっとも、原告は、乙一五に添付された実験1及び2の試料片により原告が追試しようとしたところ、透明シートと印刷層に剥離させることができず、かつ、その透明シートは、ポリプロピレンシートではなかったと主張しているところ、甲三一及び三二によれば右透明シートは、赤外線吸収スペクトルによる測定結果によりポリプロピレンシートでないことが認められる。そして、被告らも、乙一五に添付したのはポリエステル性の予備作成のものであり、その点でミスがあったことは自認している。しかし、右試料片の透明シート自体は、前記のとおり、実験1の各層の試料片を採取するためのものであり、実験1の結果自体を左右するものではないと考えられる。

そして、財団法人日本繊維製品品質技術センター福井検査所が被告ジャパン・ポリマーク株式会社から提示を受けた右の各試料片に基いて実施した試験成績証明書である乙一六によれば、前記の実験1と同様の方法で被告ら製品の各層についての実験が行われ、その実験結果も前記とほぼ同様であることが認められ、これによって実験1の結果が担保されていると評価できる。

したがって、原告主張の点は実験1の結果の信用性には影響を与えるものではない。

そうすると、前記実験1の結果から、白色バックアップ層、灰色バックアップ層、中間接着層及び黒色バックアップ層の昇華染料移行の阻止の程度は、それぞれ前記のとおりであることが認められ、この結果を総合すると、各層が積層された場合、各層の遮蔽効果により十分な昇華染料移行阻止機能を発揮する可能性が高いと認められる。

(二) 乙一五の実験2は、実験1で使用した黒色バックアップ層の試料片と、青色顔料(フタロシアニン系顔料)、黄色顔料(ジアリライド系顔料)及び赤色顔料(ジアゾ系顔料)を等量混合して製造した黒色顔料の層(以下「調色ブラック層」という)の試料片を用い、実験1と同一の白色布及び赤色布を用いて同様の方法により行った実験である。

その結果(実験1と同様に二〇〇℃での実験結果)によれば、試料片が挟まれていない部分についても昇華染料の移行の度合い自体に差が生じているため単純には比較できないが、調色ブラック層にもかなりの移行染料阻止機能があること、被告ジャパン・ポリマーク株式会社から提示を受けた右の各試料片に基いて財団法人日本繊維製品品質技術センター福井検査所が実施した試験成績(乙一七)によれば、一六〇℃、一八〇℃及び二〇〇℃のいずれの温度においても黒色バックアップ層と調色ブラック層の各実験結果の白色度はほぼ同程度であることが認められるから、カーボンブラックに実質的な吸着機能はないか、あったとしてもそれほど顕著なものではないことをうかがわせる。

なお、原告は、実験2についても、添付の試料片の透明シートに関し実験1についてと同様の指摘をするが、実験1について述べたところと同様、乙一七の試験結果をも考慮すれば、実験2の結果の信用性に影響を与えるものとはいえない。

さらに原告は、実験2では、調色顔料が用いられており、その顔料に何らかの作用がある場合には影響が出てしまう、フタロシアニン顔料は比較的大きな比表面積を有することが知られているので、カーボンブラックの真の吸着作用を確認したことにはならない、カーボンブラックも混合顔料もどちらも含まない樹脂だけの層(シート)を別に用意して、それとカーボンブラックを含む層との間で差異をみなければカーボンブラックの吸着作用を実験したことにはならないと指摘するところ、この顔料に何らかの作用がある可能性が否定されていない以上、右指摘はもっともである。しかし、実験1の結果も考慮すると、黒色バックアップ層が染料の移行を防止する機能を有するのはその吸着機能によるものではない可能性が高いととの評価を否定するまでには至らない。

(三) 乙一五の実験3は、被告ら製品における黒色バックアップ層が、種々の層構造である実際の転写シートにおいてどの程度染料移行を阻止しているかを確認することを目的として、黒色バックアップ層を有する転写シートとして、

〈1〉黄色着色層+白色層+黒色バックアップ層+中間接着層+接着層、

〈2〉黄色着色層+黒色バックアップ層+中間接着層+接着層、

〈3〉白色層+黒色バックアップ層+中間接着層+接着層、

〈4〉黒色バックアップ層+接着層、

の各構成の転写シート(参考として、〈5〉中間接着層+接着層の構成の転写シート)及び〈1〉から〈4〉の各黒色バックアップ層をそれぞれ実験2で用いた調色ブラックに置き換えた〈6〉から〈9〉の転写シート(参考として、〈10〉黄色着色層+中間接着層+接着層の構成の転写シート)を用い、昇華性を有する赤黒ボーダー柄のポリエステル布の上に載置して、加熱転写機を用いて加熱、加圧(二〇〇℃及び一六〇℃の各温度、一kg/cm2、一〇秒間)して転写したものである。

その結果によれば、カーボンブラックを含有する転写シート〈1〉から〈4〉は、カーボンブラックを含有しない転写シート〈6〉から〈9〉とほぼ同一またはそれ以下しか染料移行を阻止できていないことが認められる。同号証は、これをもってカーボンブラックには、昇華染料を吸着する作用はないと推定できるとしている。

この実験についても、前記実験2と同様、何らかの作用がある可能性が否定されていない調色ブラックを対照試料〈6〉から〈9〉に使用しており、その点で対照試料に全く吸着機能がないとの前提での比較にはやや問題があり、直ちに右のような推定をすることはできない。しかし、実験2で述べたのと同様に、右実験の成果を全く否定しうるものではなく、その結果から、仮にカーボンブラックに吸着機能があるとしても、それは転写シートの昇華染料の移行を阻止する度合いに影響を与える程度のものではない、すなわちカーボンブラックは実質的に吸着機能を有していない可能性が高いと認められる。

(四) さらに、実験4は、被告ら製品に対応する種々の層構造からなる転写シートにおいてどの程度の光学的遮蔽機能を有するかを確認することを目的として、

〈1〉白色層+黒色層+中間接着層+接着層、

〈2〉白色層+中間接着層+接着層、

〈3〉中間接着層+接着層、

〈4〉黒色層+接着層、

〈5〉白色層+接着層、

〈6〉黄色着色層+白色層+黒色層+中間接着層+接着層、

〈7〉黄色着色層+白色層+黒色層+接着層、

〈8〉黄色着色層+白色層+中間接着層+接着層、

〈9〉黄色着色層+黒色層+中間接着層+接着層、

〈10〉黄色着色層+中間接着層+接着層

の各構成の試料片を白黒チェック柄綿布及び赤白トランプ柄綿布(いずれも定着染料の昇華が起こらない綿布)の上に載置し、実験3と同様に加熱転写したものである。

同号証は、その結果、積層数の少ない転写シート〈3〉、〈4〉、〈5〉、〈10〉はラベル表面の汚れが甚だしい、白色層及び黒色層を有する転写シート〈1〉、〈6〉、〈7〉から明らかなように、通常の転写シートにおいて、転写後のラベル表面の美醜を左右する要因に白色層と黒色層の組み合わせが多大に寄与している、厚さ「五~二〇μmの白色層は、厚み四~八μmの黒色層よりも光学的遮蔽作用が大きく厚みの影響は非常に大きい、と結論付けている。

この実験4については、特段不自然、不合理な点は認められず(但し、積層数の少ない〈5〉のラベル表面の汚れは〈2〉と同等程度であり、甚だしいとはいえない)、その結果から、光学的遮蔽の効果は、白色及び黒色の組み合わせ及びその層の厚みに影響されることが認められる。

(二) 乙一九(甲号証に対する実験と追加考察-被告ジャパン・ポリマーク株式会社)、乙二〇(試験証明書-財団法人日本化学繊維検査協会京都検査所)、乙二八(試験証明書-同)について

(1) 乙一九の実験1は、白色バックアップ層(約一八μm)、黒色バックアップ層(約八μm)、灰色バックアップ層(約七μm)、中間接着層(約一五μm)及び接着層(約九六μm)の構成の転写ラベル(以下「転写ラベル1」という)、及び転写ラベル1の黒色バックアップ層の代りに同じ厚みの酸化鉄を含有する黒色層を用いた転写ラベル(以下「転写ラベル2」という)のそれぞれを、昇華性のある赤色または青色のポリエステル布地と白色ポリエステル布地の間に挟み、加熱転写機を用いて、加熱、加圧(二〇〇℃、一八〇℃及び一六〇℃の各温度、一kg/cm2、三〇秒間)して赤色または青色布地から昇華染料を白色布地に移染させた実験であるとされ、添加物を混練する樹脂層はいずれの層においても被告ら製品と同一にしたものであるとされている。

そして、同号証は、転写ラベル1及び2の実験結果に差がないことから、カーボンブラックは、酸化鉄と同様に高い吸着作用を有しておらず、酸化鉄と同程度の遮蔽作用を有するだけであることが判明するとしている。

また、実験2は、黒色バックアップ層、酸化鉄を含む黒色層の各層のみを、約八μm、約一五μm、約二〇μmの各厚みで作成し、実験1と同様の方法により試験したものであり、その結果から、厚みは二倍、及び三倍になるにつれて染料移行阻止の作用は良化することは明らかであるとする。

そして、乙二〇は、実験1、2を財団法人日本化学繊維検査協会京都検査所が証明したものであるとする。

(2) しかしながら、乙一九及び二〇については、原告の主張するように次の疑問点が存在する。

〈1〉 乙一九は、実験1として、「甲二六(試験証明書)と同様の実験」とし、転写ラベルの試料を自ら作成しての実験としている。しかしながら、同号証の末尾の試料表には「実験1と2」と記載されているにもかかわらず、そこに添付されている試料片は実験2に用いられたとみられる黒色フィルム、すなわち、カーボンブラックインク層及び酸化鉄インク層並びにポリエステル地のみであり、実験1に係る転写ラベルの試料片は添付されていない。

〈2〉 実験1の結果とみられる「実験1試験結果1-1」「実験1試験結果1-2」と記載された試験結果は存在するものの、その結果中に記載された試料分類を示す記載は「カーボンブラックインク8μm」「酸化鉄ブラックインク8μm」であって、黒色フィルムの実験である実験2の結果と同一の表示となっている。

〈3〉 実験1及び2の試験証明書であるとする乙二〇についても、試料片の添付が全くなく、また二枚目以降の試験結果に契印が存在しない。

〈4〉 乙一九には、実験1についても乙二〇で証明されている旨の記載があるにもかかわらず、乙二〇には実験1に対応するとみられる実験結果の記載、及びデータが存在しない。

(三) この点に対し、被告らは、右は試験担当者のケアレスミスであり、乙二〇の誤解を解くため、乙二〇と全く同一の試料と条件で再試験した結果が乙二八であり、この試験結果は乙二〇と同一である、これと乙二九の「再試験に至った経緯についての証明書」により原告主張の疑問点は解消したとする。

そして、乙二八を乙一九及び二〇と対比してみると、再度提示を受けた試料片により実験2と同一の実験が行われて、ほぼ同一の結果が得られたことが認められるから、実験2の結果については同号証により担保されていると評価できる。しかしながら、依然として実験1についての前記〈1〉、〈3〉の疑問点は何ら解消されていない。したがって、乙一九の実験1についてはその結果を採用することはできないといわざるを得ない。

(四) そこで、実験2の結果についてのみみると、右に検討した点のほかには特段不自然、不合理な点は認められないことから、その結果によれば層の厚みが厚くなれば昇華染料移行阻止の程度が良化することが認められる。

3  実験結果等の全体的評価

双方提出の実験結果等は以上のとおりであり、原告提出の実験結果等は、いずれも前記のような疑問ないし問題点があり、これらを総合しても、イないしハ号の構成要件各(四)のうちのカーボンブラックまたは黒色バックアップ層が本件発明の予定する程度の吸着機能を有し、それによって昇華染料の移行を防止していると認めることはできない。

かえって、被告ら提出の実験結果等によれば、イないしハ号の白色バックアップ層、灰色バックアップ層及び中間接着層にはかなりの昇華染料の移行防止機能が存すると認められること、黒色バックアップ層には実質的な吸着機能は存在しない可能性が高いこと、昇華染料の移行防止機能の程度はその層の厚みに影響されること、光学的遮蔽機能は黒色及び白色の組合わせ及び層の厚みに影響されることなどがそれぞれ認められ、これらを総合すると、カーボンブラックあるいはそれを含有する黒色バックアップ層が吸着機能を有することによってイないしハ号が昇華染料の移行防止機能を有するというよりは、イないしハ号の各層の遮蔽機能によって昇華染料の移行を防止している蓋然性が高いと認められる。そうすると、イないしハ号の構成要件(四)のうちのカーボンブラックあるいは黒色バックアップ層が、本件発明が予定している「色染布を着色せる色素が滲出しても、図柄模様層を汚染する迄にこれを効果的に吸収し、以て該図柄模様層の鮮明度を常時確実に保持する」程度の吸着性能を持つと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第四  結論

以上のとおり、イないしハ号の構成要件各(四)が、本件発明の構成要件4と同一であることを認めるに足りる証拠はないから、イないしハ号が本件発明の技術的範囲に属する旨の原告の主張はその余の構成要件について判断するまでもなく理由がない。

よって、イないしハ号が本件特許を侵害することを前提とする原告の本訴各請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 松本利幸 裁判官 本田敦子)

別紙一

被告会社製品(イ号)

一、図面の簡単な説明

熱転写シートの構造を示す拡大断面図である。

二、図面の詳細な説明

ポリエステル製のベースシート11、該ベースシート11上に被覆された剥離性の樹脂層12、該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された所定の顔料及び樹脂ベースを含有する当該着色顔料層13A、並びに該着色顔料層13A上に全面印刷された白色バックアップ層13B、該白色バックアップ層13B上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14C上の全面に被覆された接着層14Dを設けて加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした熱転写シートである。

以上

〈省略〉

別紙二

被告会社製品(ロ号)

一、図面の簡単な説明

熱転写シートの構造を示す拡大断面図である。

二、図面の詳細な説明

ポリエステル製のベースシート11、該ベースシート11上に被覆された剥離性の樹脂層12、該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された顔料及び樹脂ベースを含有する白色顔料層13、並びに該白色顔料層13上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14C上の全面に被覆された接着層14Dを設けて、加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした熱転写シートである。

以上

〈省略〉

別紙三

被告会社製品(ハ号)

一、図面の簡単な説明

熱転写シートの構造を示す拡大断面図である。

二、図面の詳細な説明

ポリエステル製のベースシート11、該ベースシート11上に被覆された剥離性の樹脂層12、該剥離性の樹脂層12上に所望の形状で模様印刷されたところの顔料及び樹脂ベースを含有してなる図柄模様層13Z(その構成は図柄部分に使用される色によりイ号(13A、13B)、ロ号(13のみ)のとおりに組み合わされる。)、該図柄模様層13Z上に全面印刷された黒色バックアップ層14A、該黒色バックアップ層14A上に全面印刷された灰色バックアップ層14B、該灰色バックアップ層14Bの全面に被覆された中間接着層14C、該中間層14C上の全面に被覆された接着層14Dを設けて、加圧、加熱により色染布に転写可能なる如くした熱転写シートである。

以上

〈省略〉

別紙四

被告製品の構成

イ号

(1) ポリエステル製のベースシート11

(2) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(3) 該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された所定の顔料及び樹脂ベースを含有する当該着色顔料層13

顔料及び樹脂ベースを含有するバックアップ層であって、

(4) 該着色顔料層13上に全面印刷された白色バックアップ層14A

(5) 該白色バックアップ層14A上に全面印刷された黒色バックアップ層14B

(6) 該黒色バックアップ層14B上に全面印刷された灰色バックアップ層14C

(7) 該灰色バックアップ層14C上の全面に被覆された中間接着層15

(8) 該中間接着層15上の全面に被覆された接着層16

(9) を設けて加圧・加熱により布地上に転写可能である熱転写シート

ロ号

(1) ポリエステル製のベースシート11

(2) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(3) 該剥離性の樹脂層12上に全面印刷された所定の顔料及び樹脂ベースを含有する白色顔料層13

顔料及び樹脂ベースを含有するバックアップ層であって、

(4) 該白色顔料層13上に全面印刷された黒色バックアップ層14B

(5) 該黒色バックアップ層14B上に全面印刷された灰色バックアップ層14C

(6) 該灰色バックアップ層14C上の全面に被覆された中間接着層15

(7) 該中間接着層15上の全面に被覆された接着層16

(9) を設けて加圧・加熱により布地上に転写可能である熱転写シート

ハ号

(1) ポリエステル製のベースシート11

(2) 該ベースシート上に被覆された剥離性の樹脂層12

(3) 該剥離性の樹脂層12上に所望の形状で模様印刷されたところの顔料及び樹脂ベースを含有してなる図柄模様層13

顔料及び樹脂ベースを含有するバックアップ層であって、

(4) 該図柄模様層13上に全面印刷された白色バックアップ層14A

(5) 該白色バックアップ層14A上に全面印刷された黒色バックアップ層14B

(6) 該黒色バックアップ層14B上に全面印刷された灰色バックアップ層14C

(7) 該灰色バックアップ層14C上の全面に被覆された中間接着層15

(8) 該中間接着層15上の全面に被覆された接着層16

(9) を設けて加圧・加熱により布地上に転写可能である熱転写シート

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